#195 学ぶと何が起こるのか16

#195 学ぶと何が起こるのか16

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『ゆっくり学ぶ』P073-074,原文和译文如下

【日文】

アリストテレスはこのような行動を「キーネーシス」と呼んでいます。アリストテレスは家を建てることを例にあげていますが、その例に即していえば、「家を建てつつある」と同時に「家を建ててしまった」とはいえません。家を建てるという行動の目的は、家を建てている最中ではなく、建て終わった時に達成されるということです。

しかし、人間の本来の行動のあり方はこのようなキーネーシスではなく、「エネルゲイア」であるとアリストテレスは考えます。

エネルゲイアとしての行為においては、目的は行為の「内」に存在します。行為自体がそのまま目的であるということです。それは常に完全で「どこからどこまで」という条件とも「どれだけの間に」ということにも関係がありません。「なしつつある」ことが、そのまま「なしてしまった」ことです。

例えば、ダンスがこのエネルゲイアとしての行為の例になります。ダンスにおいては、踊るという行為はそれ自体が目的で、踊った結果、どこかに到達するでしょうが、どこかに到達することを目的としてダンスをする人はいないでしょう。

「人は見ていると同時に見てしまっているし、思慮しつつあると同時に思慮してしまっている」

見ることの目的は見ること、思慮する(考える)ことの目的は考えることです。活動それ自体の他に活動の目的はありません。

問題は、アリストテレスがこの引用の後に次のようにいっていることです。

「学びつつあるとともに学んでしまっているとはいえない」

アリストテレスがこのようにいうのは、学びはキーネーシスであると考えているからです。

「学びつつあるとともに学んでしまっている」のであれば、誰も苦労しないといいたい人はいるでしょう。また、学ぶことは多くの人にとって、何かのためにするものになっています。勉強は試験でいい成績を取るためであったり、大学の入学試験に合格するためです。

どれほど頑張っても結果を出せなければ意味がありません。目的に到達すれば勉強は終わります。

【译文】

亚里士多德将这种行为称为"kinesis(运动性)。亚里士多德以建造房子为例,但根据这个例子来说,我们无法同时说"正在建造房子"和"已经建造好了房子"。建造房子这一行为的目的,不是在建造的过程中,而是在建造完成之时才能实现。 

不过,亚里士多德认为人类的本质行为并非这种"kinesis",而是"energeia(活动性)"。

作为"energeia"的行为,目的存在于行为本身之中。行为本身就是目的。它总是完整的,与"从何处到何处"或"在多长时间内"都没有关系。"正在进行"与"已经完成"是同时发生的。

比如跳舞就是"energeia"行为的一个例子。跳舞的目的就是跳舞本身,跳舞可能会让人实现某种结果,但没有人是为了实现结果而去跳舞。 

亚里士多德自己给出了这样的例子:"人们既在看,又已经看完了;既在思考,又已经思考完了。"看和思考的目的就是看和思考本身,除了活动本身,再无其他目的。

问题在于,亚里士多德在这段引言之后说:"但是,学习中的人还不能说已经学会了。"这是因为亚里士多德认为学习属于"kinesis"范畴。

如果说"学习中的人已经学会了",那么任何人都不用再费力学习了。对很多人来说,学习是为了某个目的,比如考试成绩或者考入大学。

如果即使努力了也无法实现目标,那么学习就失去了意义。目的实现后,学习就算完成了。